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広島地方裁判所呉支部 昭和53年(ワ)147号 判決 1981年7月07日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、二三三万四九〇〇円及びこれに対する昭和五一年一月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五一年一月九日午前九時頃

(二) 場所 広島県豊田郡川尻町大字川尻二五二四番地の一原告方付近町道(以下「本件道路」という。)上

(三) 加害車 原動機付自転車(川尻町よ三七二号)

運転者 被告

(四) 被害車 原動機付自転車(川尻町よ三六号)

運転者 原告

(五) 態様

原告が被害車を運転し、本件道路の左側を時速約一〇キロメートルで進行中、同じ側を時速約二〇キロメートルで対向進行して来た加害車と近接し、加害車の右側ステツプが原告の右足背部に接触した。

(六) 傷害の部位・程度

原告は、このため内出血を伴う右足背部挫創、右足関節捻挫の傷害を受け、更にこれより右足関節痛または右足循環障害が引き起こされたため、事故日から昭和五二年二月七日頃まで菅田医院、村尾外科整形外科病院、国立呉病院に連日のように通院して治療したが、同日頃右足の機能が失われた状態で右症状が固定した。

2  責任

事故現場付近の道路は、被告運転の加害車にとつて、右方に急カーブしており、前方の見通しが極めて悪かつたのであるから、被告は、対向車のあることを予想して、道路の左側を進行すべきであつたのに、対向車はないものと軽信して、慢然道路右側を進行した過失により、被害者を発見したときには、急制動の措置をとつても間に合わず、本件事故を惹起したものである。

また被告は加害車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた者である。

従つて、被告は、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条本文により損害賠償責任を負う。

3  原告の損害

(一) 治療費 四八万一一八〇円

(二) 休業損害 一三〇万円

原告は、石工として、事故当時一か月少なくとも一〇万円の収入を得ていた者であるところ、前記受傷による通院治療のため、事故当日から昭和五二年二月七日頃まで休業を余儀なくされたが、その間に合計一三〇万円の収入を失なつたことになる。

算式 100,000(円)×13(月)=1,300,000円

(三) 将来の逸失利益 一九三万八七二〇円

原告は、大正一五年二月一〇日生の男子であつて、症状の固定した昭和五二年二月七日頃から一六年間は就労可能であつたところ、本件後遺症により少なくとも一四パーセントの労働能力を喪失したので、原告の前記月収をもとに、ホフマン式計算法によりその間の得べかりし収入の現価を計算すると、一九三万八七二〇円となる。

算式 100,000円×12(月)×0.14×11.54(ホフマン係数)=1,938,720円

(四) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、本件事故前極めて健康体で、石工として比較的安定した生活を送つていたが、右傷害により休業を余儀なくされ、かつ、右足の機能障害により不自由な生活を強いられている。原告の本件受傷による精神的損害を慰藉すべき額は、右の諸事情に鑑み、少なくとも一〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 二〇万円

4  損害の填補

原告は、本件事故による損害の填補として、自動車損害賠償責任保険から二五七万円(傷害に対するもの一〇〇万円、後遺障害に対するもの一五七万円)の給付を、被告から一万五〇〇〇円の支払いをそれぞれ受けたので、弁護士費用を除く右損害額から控除する。

5  結論

よつて、原告は被告に対し、二三三万四九〇〇円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和五一年一月一〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実中、(五)、(六)は争い、その余は認める。

2  同2項の事実中、事故現場付近の道路が、被告運転の加害車にとつて、右にカーブしており、前方の見通しが悪かつたことは認めるが、その余は争う。

3  同3項の事実中、(一)は認め、その余は争う。

4  同4項の事実は認める。

5  事故現場付近の道路は、幅員二・三メートルであつて、当時水道工事後のこととて、その中央部分が幅五〇センチメートル、深さ一センチメートルの溝状に凹損されており、かつ、加害車進行の方向に向かつて下り勾配となつていた。被告は加害車を運転中、突如カーブ地点を曲がつて対向して来る被害車を発見し、急制動の措置を講じたところ、自車の前輪が路面の溝にはまり込んだため、ハンドルをとられ、被害車との接触事故を起こしたのであつて、不可抗力によるものである。そして原告の受傷は、加害車の前輪タイヤが原告の右足の甲をすつた程度であつて、原告主張の傷害及び損害は、本件事故と相当因果関係がない。

三  抗弁

仮に被告に損害賠償責任がありとするも、被告は、昭和五一年一月九日原告との間で、被告が原告に対し損害賠償金として一万五〇〇〇円を支払うことにより、原告は、一切の損害賠償請求権を放棄する旨の示談が成立し、右金額を支払つたのである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

五  再抗弁

被告主張の示談は、本件事故の日に、しかも右足関節捻挫、右足背部挫創による療養期間が昭和五一年一月二二日まで(一四日間)とする医師の診断書をもとにして成立したものであつて、当時予測しえなかつた右足関節痛ないし右足循環障害が後に生じ、右足の機能も失われ、これが固定的な後遺症に変化したのであるから、右示談は、右障害にもとづく損害についてまで拘束力を及ぼすものではない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

原告主張の日時に、本件道路上で、被告運転の加害車と原告運転の被害車とが接触事故を起こし、原告が負傷したことは、当事者間に争いがない。

二  被告の過失責任

成立に争いのない甲第一号証、第四号証、原告(第一、二回)及び被告各本人尋問の結果によると、(1) 本件事故現場付近の道路は、幅員二・三メートルないし三メートルの舗装道路であり、被告運転の加害車の進行方向からみて、事故地点付近から先は右に急カーブし、道路右側沿いには高い石垣や塀があつたため、前方の見通しは困難であつたこと、(2) 被告は加害車を運転し、時速約二〇キロメートルで、本件道路の左側を進行していたが、事故地点の約一三メートル手前から右側に寄つて進行を続けたところ、同じ側を時速約一五キロメートルで対向進行して来た原告運転の被害車を前方約六・二メートルに発見し、急制動の措置を講ずるも間に合わず、両車接触し、被告運転の加害車の前輪タイヤが原告の右足の甲の上を押し通つたことがいずれも認められる。本件事故が被告にとつて不可抗力によることを窺わせるような証拠はなく、他に右認定を左右する証拠はない。

右事実によると、本件事故現場付近の道路は、被告にとつて前方の見通しが困難であり、もし右側を時速約二〇キロメートルで進行した場合には、同じ側を対向進行して来る車両と衝突する危険があつたのであるから、当然左側通行の原則に従い、道路左側を進行するとか、或は減速徐行して前方を確認しながら進行すべきであるのに、これを怠つた過失ありといわなければならない。

三  原告の傷害の部位・程度

成立に争いのない甲第一〇号証、第一五号証の一、二、第一八、一九号証、証人大村シゲ子の証言により成立を認める甲第二号証の一、弁論の全趣旨により成立を認める甲第二号証の二ないし六、第一三号証の一ないし四、第一四号証の一ないし七、証人緒方晴男の証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によると、(1) 本件事故において、原告は、内出血を伴う右足背部挫創、右足関節捻挫の傷害を受け、事故当日から昭和五一年五月三一日まで菅田医院に、同年六月から同年一一月まで村尾外科整形外科病院に、同年一二月以降国立呉病院に各通院して治療を受けたが、国立呉病院にて診療を受ける頃から、右足循環障害に起因する右足関節痛と腰椎椎間板症との合併症と診断されたこと、(2) 右足循環障害は本件負傷を生じた事故の態様であれば発症しうるものであるが、腰椎椎間板症は、原告の年齢(大正一五年二月一〇日生)、主たる職業が重い石材を扱う石工であること、過去における腰痛の既往症等の体質的素因から生じているもので、本件事故との因果関係はないこと、(3) 原告の症状は、昭和五二年二月七日頃固定したが、後遺障害として、右足循環障害に起因すると思われる右足の脹脛からアキレス腱にかけての圧痛及び間歇性跛行症、腰椎椎間板症に起因すると思われる右足のアキレス腱反射の低下及び長拇趾伸縮力低下を呈し、これらの障害が併存していること、(4) 原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表の第一二級第一二号であることがいずれも認められ、外に右認定を覆す程の証拠はない。

四  原告の傷害についての損害賠償請求権

被告主張の示談の成立したこと、被告が右示談に基づき原告の傷害にかかる損害の賠償金として一万五〇〇〇円を支払つたことはいずれも当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証の一、証人若狭久吉の証言、原告(第一回)及び被告各本人尋問の結果によると、右示談は、傷害名が内出血を伴う右足背部挫創、右足関節捻挫で、療養期間が一週間という医師の診断をもとに成立したことが認められる。

そうすると、右足関節捻挫という傷害の形態と本件事故の態様とからみて、その後生じた右足循環障害に起因する右足関節痛は異常な変化とはいえず、示談当時予想されなければならない傷害であり、これに基づく損害も、示談によつて賠償請求権を放棄したものと解するのが相当である。

従つて、原告主張の治療費四八万一一八〇円(これが存することは当事者間に争いがない。)、傷害治療期間中の休業損害一三〇万円、傷害の慰藉料は、その存否及び額を確定するまでもなく、原告には賠償請求権はない。

五  原告の後遺症についての損害賠償請求権

本件事故発生の当日に前記示談が締結されており、しかも、傷害の程度も軽く、療養期間もごく短い医師の診断を前提にした示談であるだけに、原告としては、前記のような後遺症まで発症するとは予想しえなかつたものというべきであり、右示談は、原告の前記後遺障害に基づく損害についてまで拘束力を及ぼすものとは解されず、原告はその損害賠償請求権を放棄したものとはいえない。

六  後遺症に基づく原告の損害

1  将来の逸失利益 二九万九四〇一円

原告本人尋問の結果(第一回)により成立を認める甲第九号証の一ないし一〇、第一一号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第一二号証の一、二、証人大村シゲ子の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告は、事故当時石工や臨時工などの職により一か月少なくとも一〇万円の収入を得ていたことが認められるところ、原告の生年月日、後遺症としての固定時期、障害の状況及び等級は前認定のとおりであるから、他に特段の事情の認められない限り、原告の稼働能力の喪失率は一四パーセントと、就労可能期間は右症状固定時以後四年間とみるのが相当である。

そこで原告のその間の逸失利益をホフマン式計算法により計算すると、次の算式のとおり五九万八八〇二円となるが、原告の後遺障害のうち本件事故と相当因果関係のある範囲は五割とみるのが相当であるから、二九万九四〇一円となる。

算式 100,000円×12(月)×0.14×3.5643=598,802円(円未満切捨)

2  後遺症の慰藉料 六〇万円

前認定の本件事故に基づく原告の後遺症の部位・程度等を斟酌すると、その障害による原告の精神的苦痛を慰藉すべき額は六〇万円が相当である。

七  損害の填補

原告が自動車損害賠償責任保険から後遺障害に対する損害填補として一五七万円の給付を受けたことは当事者間に争いがないから、原告は前記後遺症に基づく損害額合計八九万九四〇一円を越えて、填補されたことになる。

八  結論

以上の次第で、原告は最早被告に対し、本件事故につき損害賠償請求権を有しない。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森田富人)

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